4月
本当のことを他人に言うわけ無いじゃん、教えなーーいって思うことが多々あるけれども、そうすると仮の姿が本質になってしまう気もしてちょっと怖い、どうしよ。
自分はとにかく「知能が足りない」という状態が怖くて仕方がない、情報が来ない、来ても認識できない、それが怖くてたまらない
2月
お魚どんぶりお代わりしたらおなか一杯になってしまった。
みてのとおり健康的。すごい
書き散らし(書いた意味ある?無いかも)
最近 夜に涙が止まらない。
でも2時間くらいで終わるし、次の日にはけろりとしているしで、あんまり重要なことではない。たぶん
そういえば急に保険に入るべきなのか心配になった。
というか、明らかに、体に悪い生活をしているので、
自分の体は将来たった10か月とはいえ今は存在しない誰かとおなかを分かち合うというのを考えると到底優しい生活ではないと思う。(こういう考えって最近キモイらしい、知らん。)
悔しいけど自分の体の心配をせずに生きていくというのはできないのかもしれない。厄介なもの。
先輩が、若いうちに遊ぶべきというポリシーを布教してくる。自分に言い聞かせているのか、なんなのかかなり疑問、忙しいときに限ってそうおっしゃるのでたぶんすごく遊びたいんだと思う
彼氏と4回あったら、月が変わっちゃう。せっかち。
急に泣いてもどうにもならなかったことを思い出した。女の子の涙は無敵だけどかなわないこともあるね。
あれは治療じゃない 延命だ
最近、自分の寿命は19歳だったんじゃないかと思う。お薬と身近なひとのサポートでなんとか生き延びたけど100年前ならもうとっくに死んでたと思う。
人の思想を読むのが苦手らしい
新聞はぱっと読めるのにじっくりとなると苦しくなる。うすっぺら。
でも、自分を守る意味でも自分を戒めるためにも、「そう思うことの感性、素質に恥を感じないのかしら」という言葉を思いついてから、ほんのり強くなったと思う。
こまめに記録して、自分の中で最大公約数を見つけて、大事に大事に取っておくのがいいんだなって。
気軽に
本当に体系立てるものもなく書いていく。今は新幹線の中で、にぎわっている。
このブログをツイートで通知しなくなってから、どんな人が読んでくださっているのだろうか。
ある人からいつも口語で文章書いてるでしょうと言われた。インプット足りてないからそうせざるを得ないのが本音。なんでもいいけどあなたのブログが読みたいです。日常のやつ。書いてほしい。
めっちゃ混んでるな新幹線。みんなおやつ食べてるし。コロナが明けて良かったな。
新卒という肩書、今年で使えなくなってしまうらしい。さみしいの。
なんだか無心に真剣に正確にできることが見つかってよかった。
あんなに中途半端になった卒論の続きをやりたかったのに、いつの間にかそんな熱もなくなってしまった。何かを書くというのは主体的でないとできないし、足りないところや時間の足りなさを一人で抱え込まないといけないきがして、それが結構苦しかったのかもしれない。でも、今自分は弛んでる気がするのでもう一度そういう環境に身を置きたい。
何かの節で、音楽をやめた、勉強をあまりしなくなった、目標を追いかけるのをやめた、そんなのが続いて、どうして続けられないのだろうと自分をののしって、という繰り返しをいつまですれば気が済むのだろう。何かに追われていないと自分は律されていない堕落してふしだらでどうにもできない人間なのではないかという恐れと事実だけが残っていく。
幸運なことに、仕事は前向きにとらえることができ(むしろ捉えるという作業すらしていない)ているからしばらくは熱中していいとも思う。あとは家族とライフステージを進めていくだけ。さみしいかな?どうなんだろう。
繰り返し流れてくる身分相応とか階級の話、男女間の分断、、、、
楽だから読んじゃう。もっと脳みそに重厚感あふれる圧をかけたい。物足りないのに薄っぺらい、、、常に灰汁だけ飲んでおなか一杯になってる感じがする。もう新しいアカウント作らないつもりなのに、どうやって整理すればいいかわかない。
たまに着物着てる人やフルート吹いてる人とかいて好きだからフォローしたのに、なんで、なんで階級の話やどうしようもない外見の話が流れてくるのだろう。決して人は外見だけではないと言わないが、もうわけわからない。いちど話題になったからと言ってそっちのブランディングにとらわれているんでしょう。私もそうだけど。表現して人から見られてそれが評価されたら満たされてどんどんそう見られたい欲が加速していくんだ。だから本来なら明るくて良い意味で人受けのいいことを言えばよかったんだ。欲に忠実に言っていたばかりにこうなった。
バカね、根暗な自分なんて自分の中だけで大事にしておけばいいのに。
もう来年はしません。たぶん。
来年は文豪のラブレター集とか読みたいなぁ。もっとどん欲に社会性や還元される利益なんて考えずに、好きなものを選んでいきたい。好きで好きで考えすぎて病んでしまうそんな休日を増やしたい。
あとは旅行したい。私に足りないのは知らない土地に行くこと。温泉~~~
自分なりに社会を俯瞰してみたら自分が価値が無いことに気づいたんですけどってゼミの先生に言ったら、図々しさが足りないとおっしゃって、びっくりして、そうかと、案外軽く開き直った。留年したし、卒論1か月前に仕上がらないから見てくれと言ったのにそれでもなお足りないと言ってくださった。もっとどん欲でいいのかもしれない。そしたら楽しいのかも。
総括するつもりもなけど、もっと自分の欲しいことを声に出せるように人から好かれるように明るく生きていけばいいのよきっと。悩みなんて雰囲気に出ちゃうし、全部理解して同情されようと動くととたんに自分を悩みでしばりつけちゃって身動きできなくなる。そうなのだ。自分は弱いと唱えたらじわじわと意味のないもので衰弱していくもの。
言葉にしてないからって誰も私のことを軽薄な奴だと思わないと思う。
そういえば私の服がペラペラだから私のこと嫌いって言った人は元気かなww
あいにく悪口にレパートリーが少ない、ごめんww
文章を書くことについて、ネットや本やらと厳しくなっているねとよく父と話すのだけど、わたしは唯一この発する日本語にお金の価値がつかなくてもずっと続けるつもりだとちょっと思った。でもこれ、心の繊細さと肉体的なタフさの両立をしなくてはいけない。強くいようと思う。共感はできるけど共感の意は示さないとか、引きずられないとかいろいろ防御力を高くしていこうと思う。
わたし、かわいくなーーーれ
ばいばい
あっという間
昨日、あまりにも眠れなかったから、写真フォルダを見返していて、一年早かったなと。
去年まで、ぷにぷにで、自分のことあまり好きじゃなかったんだけど、今見返したらいや肌綺麗じゃん!とか10代うわ!赤ちゃんに近い顔してる!とか気づきがありました。自己否定しまくって、もはや陶酔と区別がつかなくなるくらいまで陥っていたけど、写真じゃそんなこともわからなくて
10代20代前半って無敵ダァ
23だからもうすぐ中盤に差し掛かると、そう思う。私はあまり今が1番若い!とか思わなくてこんな歳になってしまった……といちいち落ち込んでしまう、理想のn歳はこんなんじゃなったはずなのに……と。20歳の頃が1番思ってて。
だから、今の自分なんてそんなに可愛くないからと思って父と相談して成人式の写真も撮らなかったけど、今思えば撮っておけば良かった〜いざとなっても良いように体型だけは保っておこう……笑
今は健全に時間が過ぎるのを受け入れられている気がして、めっちゃ心地がいいです。
家族写真を、毎年カメラさんから撮ってもらうと良いんだって。変化がわかるらしい。良いな〜
あと秋になると、体が冬眠の準備し始めるのか、自炊したくなるんです。最近去年と同じメニューをまた作り直して食べています。美味しい〜おばあちゃんに「続けていれば」手際良くなるから!と言われているので続きますように!副菜とスープっていつ作るん。笑
1日で限られた文字数しか見れないとしたらと思って(他にも経緯あるけど)、朝晩SNSを絶って2日目で、頭がスッキリしてて良い〜〜快適〜
行きたい場所、読みたい本、色々置き去りにしてきたかもしれないからお迎えに行きます。
絶対朝起きるときに暖房付いてる方が起きれるよ。寒過ぎるもん。
またね